賃貸管理会社や大家の担当者に向けて、退去時の費用負担で借主と揉めないための考え方をまとめました。一次資料は、国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」と民法621条です。

例に出す物件や数字は、すべて説明のための見本です。個別の案件は、契約書の内容を確かめたうえで専門家に相談してください。

先に結論:借主が直すのは、使い方でできた傷と汚れ

原状回復は、入居時の状態に戻すことを意味しません。借主が費用を持つのは、借主の使い方が原因の傷や汚れに限られます。担当者が押さえる点は、次の4つです。

聞かれることガイドラインの答え
日焼けや家具の跡も借主の負担か経年変化・通常損耗なので貸主の負担
借主の不注意の傷は全額請求できるかクロスやカーペットは6年で価値1円となる線で負担割合を下げる
クロスはどこまで張り替えてよいか㎡単位が望ましく、傷を含む一面分までが目安
揉めないために何をするか入居時と退去時に同じ項目で立会い、写真つきで記録する

4つ目がいちばん効きます。入居時の記録がない物件では、退去時に見つけた傷が入居前からあったかどうかを確かめられません。

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ガイドラインと民法621条の位置づけ

法的な拘束力のない「一般的な基準」

原状回復ガイドラインは、退去時の費用を貸主と借主でどう分けるかの一般的な基準として、国土交通省が公表しているものです。平成10年に公表され、平成16年に改訂、その後さらに改訂されて、いまは再改訂版が公開されています。

本文には、ガイドラインは使用を強制するものではないと書かれています。原状回復の内容や方法は、最終的には契約内容や物件の使用の状況などで個別に判断・決定されるべきもの、という位置づけです。それでも、トラブルになったときに当事者や相談窓口が参照する基準として広く使われているので、担当者は手元のものさしとして持っておきたいところです。

民法621条の条文

民法には、借主の原状回復義務を定めた条文があります。621条の本文は次のとおりです。

賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。以下この条において同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。ただし、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。

要はかっこの中です。通常の使い方でできた損耗と経年変化は、借主が直す義務の対象から外れています。ガイドラインの考え方が、法律の条文にも書かれていると読めます。

ガイドラインが挙げる3つのポイント

ガイドラインは冒頭で、自らのポイントを3つにまとめています。

ポイント中身
① 原状回復の定義原状回復は借りた当時の状態に戻すことではない。借主の故意・過失、善管注意義務違反、通常の使い方を超える使い方による損耗・毀損を直すこと
② 判断の目安の具体化トラブルになりやすい事例ごとに、貸主と借主のどちらの負担かの目安を示した
③ 経過年数の考え方同じ傷でも、建物や設備の経過年数に応じて借主の負担を軽くする

善管注意義務は、借りた物を、ふつうに注意深い人が払う程度の注意をもって使う義務のことです。結露に気づいたのに拭かずに放置してカビを広げた、という場合がこの義務に反したと考えられます。

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貸主の負担と借主の負担の分け方

価値の減り方の3区分

ガイドラインは、建物の価値の減り方を3つに分けています。

区分意味費用の負担
経年変化時間がたてば自然に起きる劣化貸主(賃料に含まれていると考える)
通常損耗ふつうに住んでいれば起きる損耗貸主(賃料に含まれていると考える)
故意・過失、善管注意義務違反、通常を超える使い方使い方しだいで起きたり起きなかったりするもの借主

次の入居者を集めるための化粧直しや、設備を新しくするグレードアップも、貸主の負担です。地震などの不可抗力や、上の階の人など第三者が原因の損耗も、借主には請求できません。

立会いでよく出る部位ごとの例

ガイドラインの別表や契約書の例から、立会いでよく出るものを抜き出しました。

部位貸主の負担になる例借主の負担になる例
家具の設置による床やカーペットのへこみ・設置跡、日照による畳の変色やフローリングの色落ち飲み物をこぼした後の手入れ不足によるシミ・カビ、引越作業でついた引っかき傷
壁・天井テレビや冷蔵庫の後ろの壁の黒ずみ(電気ヤケ)、ポスターの跡、下地ボードの張替えが不要な程度の画鋲の穴、日照によるクロスの変色掃除を怠った台所の油汚れ、結露を放置して広がったカビ・シミ、タバコのヤニ・臭い、重い物をかけるためのくぎ穴・ネジ穴(下地ボードの張替えが必要な程度)、落書き
建具など次の入居者のための網戸の張替え、地震で割れたガラスペットによる柱やクロスの傷・臭い
設備など借主がふつうに掃除していた場合の専門業者による全体のハウスクリーニング、台所・トイレの消毒、寿命による設備の故障手入れを怠ったコンロまわりや換気扇の油汚れ・すす、風呂やトイレの水垢・カビ、鍵の紛失や破損による取替え

同じカビでも、原因で負担が変わる

建物の構造による結露でできたカビなら貸主、結露を知りながら放置して広げたなら借主の負担です。同じ見た目でも、原因と手入れの様子で分かれます。

原因の見立ては大事です。立会いの記録には、場所と状態と程度に加えて、分かる範囲で原因の見立ても書いておくと後で役立ちます。

経過年数で借主の負担を下げる

クロス・カーペットは6年で残存価値1円

全額とは限りません。借主の負担になる傷でも、ガイドラインは修繕費をそのまま借主に請求する考え方をとっていません。経年変化と通常損耗の分は借主が賃料として払ってきているので、退去時にまで負担させると二重に取ることになる、と説明されています。

そこで、設備などの経過年数が長いほど、借主の負担割合を下げます。平成19年の税制改正で、耐用年数を過ぎたときの残りの価値を1円まで下げられるようになりました。ガイドラインもこれを踏まえ、耐用年数で残存価値1円となる線で負担割合を考えます。

ガイドライン本文と別表で確かめられた扱いは次のとおりです。

対象経過年数の扱い
壁のクロス6年で残存価値1円となる直線(または曲線)で負担割合を考える
カーペット、クッションフロア、畳床6年で残存価値1円となる直線(または曲線)で負担割合を考える
フローリング(部分補修)経過年数は考えない。床全体を張り替えた場合は、建物の耐用年数で残存価値1円となる直線で考える
畳表、襖紙、障子紙消耗品に近いので経過年数は考えない
鍵の紛失経過年数は考えない。交換費用相当分を借主の負担とする
クリーニング経過年数は考えない。ふつうの掃除をしていなかった場合に、借主の負担とする

経過年数を過ぎた設備でも、借主がわざと落書きをした場合の消す費用などは、借主の負担になることがあるとガイドラインは書いています。

見本:3年住んだ部屋のクロスの傷

入居の直前にクロスを張り替えた部屋に借主が3年住み、借主の不注意でクロスに傷をつけたとします。6年で価値が1円になる直線で考えると、3年たった時点のクロスの価値はおよそ半分です。借主の負担も、張替え費用の全額から、その割合まで下がります(数字は見本です)。

張替え時期の記録が計算の出発点になる

入居時点のクロスが新品でない場合は、グラフの出発点を下げて使います。出発点をどこにするかは、契約の当事者が確かめたうえで、あらかじめ話し合って決めるのが適当とされています。

ここでも入居時の記録が物を言います。入居時にクロスや床をいつ張り替えたかを記録していないと、この計算の前提があいまいになります。 入居日と張替え時期は、立会いの記録に必ず入れておきたい項目です。

負担の範囲:どこまでを借主に請求するか

次に揉めるのは範囲です。ガイドラインは、借主の負担をできるだけ傷の部分の補修費用に限る考え方をとっています。

部位借主の負担の単位
壁のクロス㎡単位が望ましいが、傷をつけた箇所を含む一面分までは、張替え費用を借主の負担としてもやむをえない
タバコのヤニ・臭い喫煙などで居室全体のクロスが変色したり臭いがついた場合のみ、居室全体のクリーニングまたは張替え費用を借主の負担とする
フローリング原則㎡単位
カーペット、クッションフロア傷が複数箇所にわたる場合は居室全体
原則1枚単位
襖、柱襖は1枚単位、柱は1本単位

色や模様を合わせるために範囲を広げる費用は、借主の負担としません。ここは見積もりの段階で見落としやすい点です。

揉めないための立会いの記録

ガイドラインがすすめる確認のしかた

ガイドラインは第1章の最初に、トラブルの大きな原因として、入居時と退去時の物件の確認が不十分なことを挙げています。住む期間が長い賃貸住宅では、当事者の記憶だけではあいまいになり、傷の場所やいつできたかで揉めやすい、という指摘です。

そのうえで、次の3つをすすめています。

  • 入居時と退去時に、チェックリストを作る
  • 部位ごとの損耗の状況を、当事者が立会って確認する
  • 平面図に書き込んだり、写真を撮ったりして、目に見える形でも残す

こうした記録は、あとで裁判などになったときにも証拠の資料になりうると書かれています。ガイドラインには「入退去時の物件状況及び原状回復確認リスト(例)」という書式の見本もついています。

記録に入れる項目

現場で記録を残すときの項目を、表にまとめました。

項目書き方の見本理由
場所と部位居室 壁・クロス部位ごとに負担の考え方が違うため
状態冷蔵庫の後ろの壁に黒ずみ通常損耗か、使い方によるものかを分ける材料
程度・大きさ家具を引きずった傷、長さ約30cm負担の範囲(㎡単位、一面分など)を決める材料
原因の見立て電気ヤケと思われる決めつけず「と思われる」で書く
写真近くと、部屋全体の2枚位置と程度の両方が伝わる
入居日・張替え時期入居2024年4月、クロス張替え同時経過年数の出発点になる
確認した人貸主側担当者、借主双方で確認したことを残す

負担の判断は立会いの場で断定しない

立会いの場では、場所、状態、大きさ、写真という事実を双方で確かめて残すところまでにします。負担の判断は、契約書とガイドラインに照らして後で行います。分けておけば、言った言わないはかなり減ります。

表の項目をそのままアプリで残す

退去立会いチェックは、上の表の項目で記録を残せるように作ってあります。物件、部屋番号、借主、立会い日、入居日、返却された鍵を入れ、玄関・居室の壁・床・キッチンなど場所ごとに「問題なし」「汚れ」「傷」といった状態とメモ、写真を記録して、確認書として印刷できます。

退去立会いチェックの画面。見本データとして架空の物件「【サンプル】サンプルハイツ」の立会いを表示している
退去立会いチェックの画面。見本データとして架空の物件「【サンプル】サンプルハイツ」の立会いを表示している

*画面は見本データです。架空の物件と人物で、場所ごとの状態を記録した例を表示しています。*

画面の案内にあるとおり、写真はその端末のブラウザにだけ保存され、ほかの端末からは見られません。確認書は写真を撮った端末から印刷するか、PDFで保存してください。負担割合を自動で決める機能はないので、判断は契約書とガイドラインをもとに担当者が行います。

管理会社ごとに、立会いで見る場所の並びや確認書の書き方は少しずつ違います。自社の書式に合わせたアプリを担当者が自分で作れるようになる不動産の現場向けの Claude Code 研修もあります。

よくある失敗

ここまでの内容を、担当者がつまずきやすい順に並べ直しました。

よくある失敗どうなるか防ぎ方
入居時の記録を残していない退去時の傷が入居前からあったか確かめられない入居時にも退去時と同じ項目で立会い、写真を残す
クロスや床の張替え時期が分からない経過年数の出発点が決まらず、負担割合の計算があいまいになる入居日と張替え時期を記録に入れる
立会いの場で負担を言い切る契約書やガイドラインと照らしたときに食い違うその場は事実の確認までにし、判断は後で行う
傷のある一面を超えてクロスを張り替えて請求するガイドラインの範囲の考え方から外れる㎡単位を基本に、一面分までを目安にする
色や模様を合わせるための費用を借主に回すガイドラインは借主の負担としていない範囲を広げた分は借主の負担に含めずに見積もる

個別の判断で気をつけたいこと

ガイドラインは一般的な基準です。実際の案件では、次の点で結論が変わることがあります。

  • 契約書に、通常損耗の一部を借主の負担とする特約があるか。特約がある場合でも、その有効性は内容や説明の状況によって判断されます
  • 物件がある自治体に、独自の条例や指針があるか
  • 事業用の物件か、住まいか

判断に迷うときは、契約書と記録を手元にそろえて、弁護士などの専門家や、自治体・消費生活センターの相談窓口に相談してください。この記事は一般的な考え方の紹介で、個別の案件の法的な判断を示すものではありません。

まとめ

  • 原状回復は、借主の使い方でできた傷や汚れを直すこと。経年変化と通常損耗は貸主の負担で、民法621条も同じ考え方
  • 借主の負担になる傷でも、クロスやカーペットは6年で価値1円になる線で負担割合を下げる
  • 範囲は㎡単位が基本で、クロスは傷を含む一面分までが目安。色合わせの費用は借主に回さない
  • 揉めるかどうかは、入居時と退去時に同じ項目で記録を残したかで決まる。入居日と張替え時期も書いておく

退去立会いチェックは、 を使って開発を進められる で作りました。自社の立会いの書式や管理の書類を担当者が自分でアプリにしたいときは、不動産の現場向けの Claude Code 研修で進め方を学べます。